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諏訪高島藩
信州の中央、周りを山々に囲まれた諏訪湖には、かつて、湖上に浮かぶようにたたずむため、「浮き城」と呼ばれる高島城がありました。浮世絵にも、冬には一面に凍った湖面を旅人が渡る姿のむこうに、湖に浮かぶような、お城の姿が描かれています。私達の工場は、その高島城の三之丸のあった場所に位置しています。上諏訪駅からは、かつての参道である並木道を通り抜けた先、高島城の手前になります
来歴 十九代伊兵衛(南翁居士)の命(めい)
大正のはじめ頃、子供から大人まで、だれもが食べられ、健康に良いお味噌を醸造するようにとの、真澄醸造元十九代伊兵衛のめいにより、この地にて、お味噌の醸造を始めました。
信州諏訪は、澄んだ空気、きれいな水、寒暖の差の激しい気候など、味噌造りに適した風土であるため、輸送手段の発達した戦後には、味噌の出荷量日本一を誇ったこともある程、味噌造りが盛んな地域です。
信州諏訪は、澄んだ空気、きれいな水、寒暖の差の激しい気候など、味噌造りに適した風土であるため、輸送手段の発達した戦後には、味噌の出荷量日本一を誇ったこともある程、味噌造りが盛んな地域です。
素朴でほっとする味噌
丸高では、この気候風土の「地の利」と、小さな微生物たちによる熟成醗酵の「天の利」、諏訪人の理詰めで職人気質の「人の利」を活かした、諏訪で言う「まてな(丁寧な)」で「ずく(手間)」を惜しまぬ味噌造りを行いたいと考えています。そして、信州の自然のように、素朴であたたかく、ほっとするお味噌をつくりたいと考えています。
糀 日本の食文化
糀は日本の食文化、醸造文化の中心に位置するものです。この糀造りを一歩一歩確かめながら究め、醸造による日本の食文化を継承、発展させて行きたいと考えています。
思い描く生活 自然と共にある生活
わたしたちが思い描き、目指している生活は、「素朴であたたか、自然でやさしさのある製品や場所」、「光や風があふれる自然でシンプルな仕事や生活」、「小さなものたちの声が聞こえる、やわらかな時間」、「自然と通じ合う、いきいきとした生活」です。
手づくりの心と味
もともと、素朴なお味噌は、各家庭で手づくりで造られていました。そんな手づくりの心と味を目標に、醸造していきたいと考えています。
2007年4月には、旧事務所を改装し、店舗としてオープンしております。諏訪へお出かけの際はぜひお立ち寄り下さい。
2007年4月には、旧事務所を改装し、店舗としてオープンしております。諏訪へお出かけの際はぜひお立ち寄り下さい。









