新年あけましておめでとうございます。
今年も、課題山積、壁だらけ。達磨さまなら、面壁9年で悟りに達するのだけれど、手も足も出ないところだけが、達磨様に似るばかり。
最近読んだ「宇宙が味方する経営」を参考に、社会貢献を第一に、素朴で暖かな心を大切にしながら、頑張りたいと思います。
皆様のご愛顧、お力添えをお願い申し上げます。
2007.1.1元旦
以下閑話

新年早々、今年の課題の一つを解決するために、京都のソフトウェア会社にソフトウェアのデモを見学に行きました。
当初の予定より早く新幹線に乗れたので、午前と午後の後半に時間の余裕ができ、京都を半日ほど歩くことができました。
そこで、急に思い立って、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像を訪ねてみました。
この仏像は、中学の修学旅行の際に一番印象に残った仏像です。大学の頃にも訪ね、個人的には、中宮寺の弥勒菩薩などと共に一番気に入っている仏像だからで す。その後は、京都に行くことなど数えるほどしか無く、30数年ぶりに、会いに行ってみました。
山門もそれから先の本堂も、まったく記憶から消え去っており、はじめて訪れる気分です。
弥勒菩薩半跏思惟像の置かれている建物はその奥、入場券売り場の先にあるようです。細い舗装された歩道がのびています。ああ、あの建物だったかなと僅かな がらも、思い出しながら進むと、その歩道は昔の建物の前で縄が張られ進入禁止となり、右へ折れて、その先に大きなお堂ができていました。残念なことに、コ ンクリート造りの建物でした。霊宝殿と名付けられたこの建物の前には、こけの生えた小さな池があります。さすが京都だと単純に感心してしまいました。 菩薩は、以前の霊宝殿から移されて、他の何体かの仏像と共に、少し薄暗い空間の中、静かに、安置されていました。
以前は、もっと間近で見られたのですが、僧侶による礼拝の為のスペースがとられたため、見ることのできる位置が少し遠くなり、少々残念な気がしました。
この内陣の外側に、畳を細長く横並びに敷いた一般参拝者のための礼拝のスペースがとられており、そこから拝むことができました。
この菩薩をしばらく見ていると、いまにもまぶたを開けそうに見えます。いまにも目を覚まし、立ち上がって、大きく背伸びをしそうにも見えます。お務めを 終えて寺の奥へと立ち去って行きそうにも見えます。あるいは、急に立ち上がって、こちらへ向かってやってきて、話し始めそうにも見えます。静かなほほえみ は、ひょっとして、お味噌のことを考えているのかな、今日のおみそ汁のことを考えて、そんな風に静かにほほえんでいるのかなとさえ思われてきます。
その姿のせいか、仏様とは違い、どこか我々人間に近く見えます。だから、より親しみを感じられます。見ていて、不思議な気持ちと同時に、ずっと一緒にいられ、心が落ち着く菩薩様です。
久しぶりに会えた懐かしさが、心の中で一杯になりました。遠い過去から遙かな未来へと永遠に、我々一人一人のことや、人類全員のことを心に留め続けてくれていると思うと、涙の出る思いがしました。
手に取った広隆寺のパンフレットには、カール・ヤスパースの讃辞が載っていました。
中学の頃に訪ねた折りには、確かこの菩薩像の近くにこの文章が掲げられてあった気がします。それを一生懸命ノートに写し取った記憶があります。
パンフレットは買わずに帰ってきてしまい、昔のノートもないので、他のホームページにあった文章から孫引きしておきます。
「完成され切った人間実在の最高の理念が余すところなく表現されている。それは地上における総ての時間的なものの束縛を超えて達し得た、人間存在の最も清浄な最も円滑な最も永遠な姿である。」
その後、京都の町屋を紹介する本に載っていた、喫茶店「Cafe Bibliotic Hello! 」にて昼食。夕方には、三条通を歩き、ふと見つけた「肉みそごはん」のメニュー看板につられて、「アンデパンダン」という店で夕食をとり、東京へ戻りまし た。
■喫茶店『Cafe Bibliotic Hello!』
店の中では、壁の一面が本棚で、京都の町屋をモダンに利用している素敵なお店。
若くて素敵なカップルがいたり、品の良い老夫婦もいたり、どちらにも似合いのお店でした。サンドイッチもおいしい。
■肉みそごはん
『CAFE INDEPENDANTS』(カフェ アンデパンダン) の「肉みそごはん」。これもおいしい。
お店は、反権威的、反体制的、といった雰囲気。